「てにをは」は適切か?
助詞の活用で印象が変わる、日本語の魔力
「俺がガンダムだ」
一見すると不可解な言葉だが、刹那・F・セイエイと言うキャラクターを考察するキーワードとしてこのセリフを捉えるならば、非常に重要な意味を帯びてくる。
刹那は劇中、「俺はガンダムだ」ではなく、「俺がガンダムだ」と一貫して発言している。
助詞「は」と「が」の相違は、そのまま主体的表現と客体的表現という対比構造に置き換えることができる。
その構造に於いては、「が」という助詞は客体的表現に位置付けられよう。
「愛が愛を『重すぎる』って理解を拒み」や「純真さがシンプルな力に変わるとき」など、「が」によって繋がれた文脈は、絶対的な命題というニュアンスに薄く、どこか一歩身を引いた、「そう感じている自分」というものを浮き彫りにさせる。
俯瞰的かつ単点的な視点をもって対象を把握し、かつ強意の訴えかけをも行う助詞である。
この様に、「が」の働きとは観測的な役割を持つ認識主体を発生させることによる文中の本来の主体の客体化であり、永続性に乏しい一時的な焦点化であると言える。
この観点に立って考えるならば、刹那は「俺がガンダムだ」という言葉によって、「俺=ガンダム」という認識を暫定的に獲得していることになる。つまり、刹那はガンダムという存在を主体的存在として自意識に取り込めていないのである。
逆のパターンとしては、世界の限界に触れた際の嘆き「俺は・・・ガンダムにはなれない・・・」を挙げることができる。
この場合の刹那にとっては、「俺≠ガンダム」であることは規定の了解事項であり、継続的な事実である。(これは敵となったチームトリニティに放った「お前たちがガンダムであるものか!」という懐疑的・願望的セリフを経て「貴様はガンダムではない!」と断ずる流れに於いてはっきりと対比が可能になる)
しかし、ここで疑問がひとつ生じる。
刹那自身がガンダムと同一化することに対し確信を得ていないのならば、彼の苦悩や葛藤に意味はあるのだろうか?
常に「俺がガンダムだ」と自分に言い聞かせ続けなければ自我を保てない、自己欺瞞に満ちた人間なのだろうか?決してそうではないことを理解するためには、ある事を思い出す必要がある。
それは、「が」という助詞のもうひとつの側面であるところの、「変化を許容する」という性質である。
そして、「能動的に選択する」という姿勢である。「は」という助詞は主体的であり、固定的であり、自己認識の外界への放射である。
周知の事実、あるいは自己がそうたらしめるべき言葉を紡ぐ際に用いられる。その最たる例を挙げるとすれば、やはり刹那とって理想のガンダム像であったマイスター、リボンズ・アルマークの発言であろう。
「言ったはずだよ。僕はイノベイターをも超えた存在だと」「救世主なんだよ、僕は」「僕は神そのものだよ」というように、彼の言葉にはことごとく「は」が用いられており、その言葉はすでに完結されている。それに対し、「が」は客体的であり、流動的であり、認識の収束である。
そうなろうとする意思の指向、数多の可能性の内から選ばれたひとつの事柄に繋がれる語である。「俺=ガンダム(≒救世主)」という概念を、リボンズのように「は」を用いて表現するのは容易い。だが、それだけに安易な道でもある。
そこには己を客観視する視座や、自分を再評価する問題意識を介入させる余地は非常に少ない。「俺はガンダムだ」という命題はそれ単体で帰結してる故に、根拠の無い言葉となりかねない。
刹那はそうした裏打ちの無い「俺=ガンダム」に甘んじることを、歪んだメサイア・コンプレックスや仮初の神の全能感に浸ることを否定しているのである。
あくまで己の意思で自らを処し、戦争根絶の指針として「ガンダム」という存在に接近しようと試みているのだ。要するに、「俺がガンダムだ」というセリフは、悩み苦しみながらも理想に邁進する高潔な意志と未来を掴むための変革意識を正しく表現した、まさしく刹那・F・セイエイのキャラクターを体現したものである。
鑑みるに、刹那の行動理念の原体験であった筈の、刹那を救ったガンダムマイスター、リボンズ・アルマークを断固として拒絶するに至ったのは必然であったのかも知れない。
「てにをは=助詞」の使い分けの例
が/を
で/に
に/へ/まで
が/は
【付録1】助詞一覧
【付録2】「てにをは」の由来や意味
て-に-を-は【弖爾乎波・天爾遠波】
(博士家の用いた「ヲコト点」の四隅の点を、左下から左上・右上・右下の順に読んだことに由来する名称)
①助詞・助動詞・接尾辞に用言の語尾を含めた汎称。また、主として助詞・助動詞。てには。
②助詞の称。
③「てにをは」の用法。また比喩的に、話のつじつま。
-が合わない
①「てにをは」の用法が正しくない。
②話の筋道が整っていない。話のつじつまが合わない。

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